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目を背けていた事実を「現実」と決めたとき

Updated: May 2

こんにちは! 野田リエです。

前回に引き続き「わたしに勇気をくれたハードな体験」をテーマに、アメリカの職場で体験したパワハラとそれから思うことをシェアしたいと思います。「自分には自信が無い」「特別な人しか変われない」と感じている方が少しでも勇気を出せるきっかけになれば嬉しいです。



認めたくない現実と向き合うことで拓けた道


不快でストレスになる状況に直面した時、多くの場合「その状況から離れる」ことが最善の一手といいます。ただ、わたしの場合はその場から離れるというより(自分の自意識過剰で不快に感じているのだろう)と、現実から目を背けようとしていました。今考えると、もっと早く自分の直感を信じて良かったと思うものの、自分の状況が本当にハラスメントなのか否かの判断に迷っているうちに1ヶ月近い時間が経過していました。



けどそれは同時に、自分へのタイムリミットというか観察期間になったんです。状況が「感覚的に嫌」というものだったので、下手に申し立てをしてはこちらに非があると判断されるかもしれないと懸念していました。この時点で言えたことは:


  1. チャットで一日中話しかけられ仕事にならずストレス

  2. 話しかけられる内容がわたしの服装や身なりに関するものがあり、どこかから見られている様子が不気味

  3. 1ヶ月近く経っても☝の感覚は変わらない


2はストーカー行為のように感じられ、知らないところで見られているという気味の悪さと同時に身の危険を感じました。相手の担当している仕事分野が技術系だったこともあり、(そんなことはあってはならないと思いつつも)個人情報を勝手に見られたりしたらと思うと、気が気じゃありませんでした。



ある日、社内チャットに相手からのメッセージが入ったのを目にしたとき、こんな嫌な気持ちで出社する日々がどれくらい続いているのだろうとカレンダーで時の経過を確認しました。既に1ヶ月近く経つことを理解したとき、頭がパッとクリアーになったんです。



(これは気のせいなんかじゃない。自分は間違いなくトラブルの渦中にある)



1ヶ月という物理的な時の流れを自覚したとき、自分に起こっていることはリアルなんだと認めることができました。認めるというより「決める」という行為に近かったかもしれません。わたしたちは、それが何か分かるまで身動きできないときが多々あります。例えば、通りである車が別の車にぶつかったとします。その出来事は「交通事故」という定義があるからこそ警察、消防、救急などの機能が動き出します。つまり「交通事故」という名称が決まっていなければ「車が別の車にぶつかった」という出来事に過ぎません。わたしのケースも同じで、自分が体験していることは被害妄想じゃなく、現実に起こっているトラブルと決めたことで、自分の取れる行動を洗い出すことができたんです。







トラブルを認めて助けを求めたものの


トラブルの渦中にあると自覚すると、冷静に対策を考えらるようになりました。まずは、社内チャットの履歴を保存して証拠を確保。それから勤務先の上司へ報告しました。当時、転職して間もなかったことと、上司が男性(かつ厳しかった)だったことも相談をためらった理由だったんですが、当たって砕けろという気持ちでした。幸い理解を示してくださり、すぐに人事担当者につないでもらいまずはメール相談。光が見えた気がしました。




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この時のわたしには、人事担当者がすべて解決してくれるんじゃなかろうかという期待が少なからずあったんです。けど実際は、そう簡単なことではありませんでした。



「まず、相手に迷惑だということをハッキリ伝えるべき」



そう言われたとき、気持ちがまた沈みました。確かに、相手に迷惑行為をしているという自覚がない可能性は大いにありました。取引先の上役ということで、わたしは失礼のないよう簡潔な返答をしていましたが「迷惑です」とは一度も伝えていなかったからです。



直接対決は避けられないことを知ってまた胃が痛みましたが、天国と地獄メソッドの応用で「この胃痛を抱えたまま相手から逃げ続ける」ことと「相手に直接話して状況を変える」ことを天秤にかけたとき、わたしの気持ちは後者だとハッキリ感じることができました。




次回は、本人との会話そして予想外の展開についてお話します。お楽しみに!

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